
歯科の訪問診療をしていると、心がとても温かくなる瞬間に出会います。
ある日、私たちは施設に入居されているおじいちゃんの診療に伺いました。
そのおじいちゃんは、普段あまり多くを語らない方で、口腔ケアのときも静かに口を開けてくださる方でした。
いつものように入れ歯の調整と口腔リハビリを終えて、「ありがとうございました」と声をかけると、おじいちゃんがぽつりとこう言いました。
「この前な、家族とちゃんぽん食べに行ってなぁ」
職員さんに聞くと、以前は入れ歯が合わず、麺類も食べにくそうにされていたそうです。
それが、入れ歯の調整と口腔ケア、リハビリを続けていくうちに、久しぶりにちゃんぽん麺を食べることができたのだとか。
「うまかったなあ。」
その一言は、とても静かで、でもどこか誇らしげでした。
私たちにとっては、何気ないお食事かもしれません。
でもその一口が、誰かにとっては久しぶりの“ごちそう”になることがあります。
訪問診療では、大きな治療をすることはあまりありません。
歯を磨いたり、入れ歯を調整したり、お口をきれいに保つお手伝いとリハビリが中心です。
でも、その積み重ねが「もう一度好きなものを食べられる」そんな小さな幸せにつながることがあります。
帰り際、おじいちゃんは少し照れくさそうに言いました。
「これからもよろしくな。」
そういう言葉を聞くたびに思います。
お口を守ることは、ただ歯を守ることではなく、その人の“楽しみ”や“生きる力”を守ることなのかもしれません。
訪問診療は、そんな小さな幸せに出会える素敵な仕事なのです。



