ある山間の小さな村に、陽気で頑固な老人、栄介さんが住んでいました。
若い頃から食べることが大好きで、硬いせんべいもバリバリと嚙み砕くほどの丈夫な歯が自慢でした。
しかし、歳月には逆らえず、ついにほとんどの歯が抜け落ちてしまいました。
それ以来、大好きな漬物も噛みにくくなり、柔らかいものばかりを食べる生活にうんざりしていました。
そんな様子を見かねた孫娘の芽衣ちゃんが「新しい入れ歯を作ろうよ。」と勧めました。
しかし、栄介さんは「入れ歯なんて、わしには合わん。」と、
頑として聞き入れようとしません。
ある日、芽衣ちゃんは栄介さんを、半ば強引に歯科医院へ連れて行きました。
歯科医は、栄介さんの話にじっくり耳を傾け、彼の生活や好物を尋ね、思いを受け止めた上で、
「入れ歯は『楽しい食事のためのご機嫌な相棒』です。」と入れ歯の存在価値を、栄介さんに伝えました。
・・・「作ってみようかな」栄介さんは、歯科医に任せることにしました。
歯科医は丁寧に入れ歯の型を取り、いくつかの工程を経て、数週間後出来上がったのは、
栄介さんのお口にぴったりとフィットする、美しい入れ歯でした。
最初はやはり違和感があったようです。
「まるで石を口に入れているようだ」と、栄介さんは文句を言いました。
しかし、芽衣ちゃんが
「おじいちゃん、また、一緒にあの山の上のお茶屋さんに行こうよ。
あそこの名物のお団子、一緒に食べよう。新しい入れ歯があるもんね!」と声をかけると、栄介さんの目に光が宿りました。
そのお団子は、若いころによく食べた思い出の味だったからです。
栄介さんは、少しずつ、新しい入れ歯に慣れていきました。
初めて、久しぶりに硬いせんべいを噛み砕いたとき、
その音に思わず目を見開きました。そして、少しだけ涙ぐみました。
それは、失われたものを再び取り戻した喜びの涙でした。
それからというもの、栄介さんの生活は一変しました。
食事の時間が再び楽しくなり、友人とのおしゃべりも弾むようになりました。
入れ歯のおかげで、彼の顔には昔の生き生きとした表情が戻り、笑顔が増えたのです。
ある日、芽衣ちゃんが栄介さんの家を訪れると、
彼が一人で庭のベンチに座っていました。
芽衣ちゃんが「おじいちゃん、何してるの?」と尋ねると、
彼は少し照れくさそうに笑い、
「いや、入れ歯の手入れをしておるんだ。こいつは、わしの体の一部だからな」と答えました。
栄介さんの入れ歯は、単なる歯の代わりではありませんでした。
それは、栄介さんの食への情熱、人とのつながり、
そして生きる喜びを取り戻すための、大切なパートナーなのです。
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この物語は、入れ歯がもたらす物理的な改善だけでなく、
それに伴う心の変化、そして周囲の人々との温かい関係性を描いています。
入れ歯は、その人の人生の物語を豊かにする、
ひとつのきっかけになるのかもしれません。
食への情熱、人とのつながり、
そして生きる喜びを取り戻すための、大切なパートナーなのです。
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